東工大教授が研究費横領で逮捕

 研究費横領でやっと逮捕者が出て、しかも大々的なニュースになりました。学界の一歩前進なんでしょう。数年前、山口大の教授が研究費で買ったパソコン100台、デジカメ200数十台の所在を不明にした、あの事件はどうなったのでしょう。そもそも、普通の研究費申請では、こんな物の買い方は余程の合理性がないと通りません。申請通りに使ったのではないことは非常に高い疑いを持って推測されます。

 どうしてこんな事が起きるのか研究費のメカニズムを知らない一般の方々には不思議だと思います。

 いろいろ問題がありますが、文科省の研究費は、

1)学界仲間内の相互審査体制

 これは致し方ないかと思います。研究費申請書の内容など同じ仲間うちでも専門が異なるとわからない最先端テーマのはずですから。ただ、ここには人間社会の常として情実が入ります。あの査読が厳しいはずのNatureでさえ、最初は「生物学を愚弄している」と突き返した論文を笹井氏の名が入ったとたん掌を返すようにして採録しているのですから。

 しかし、実は、外形的に、つまり内容はわからないでもという意味です、おかしい申請はいくらでもあります。やたら研究内容にかかわらないような設備ばかりを買うなどはそうでしょう。たとえば何でもない化学実験にデータ入力・解析用パソコン100台、2000万円などという申請があったら、怪しげですね。国際学会発表の海外出張で年10回、500万円などの申請もそうです。そんなに遊んでいないで研究しなさいと言いたくなります。何しろ、国際学会を成功させるためのノウハウは、リゾート地で開催することなのです。でないと赤字になるのです。

 そういえば、数年前、大東文化大の学部長が奥さん同伴で、開催されていない国際学会で欧州出張という事件がありました。あれは大学の研究費だったのでしょうか。あとは、書籍100万円など。最新テーマでまだ未踏の領域に何の本をそんなに買うのでしょう。あなたがこの分野の権威なのではないですか?と言いたくなりますね。

2)研究内容のフォローは無い

 学会発表資料を100万円に付き、1cm程度積み重ねてキングファイルにとめて「研究業績」として年度末に提出しておけばOKです。何でもかんでも、そこいらへんの学者の集まりに出した駄文・雑文も含めれば、大学の教員というものは書くことが商売のようなものですから、すぐに10cm程度は溜まるでしょう。

 問題は、その業績が本当に業績というに相応しいかということです。そもそも、学術論文というものは学会誌に掲載されるのですが、学会というものは学者・技術者の組合です。つまり、仲間内で掲載可・不可を決めるしかないのです。科研費の申請が通るかどうかは、過去の業績=論文数が十分にあるかどうかが大きなファクターになるので、大学教員はとにかくこの数を取りたがります。

 教員には人事考課する上司というものがありません。昔は教授は助教授の上司でしたが、現在では助教授が存在せず、上司のいない准教授しかいない制度に変わりました。したがって、教員が業績を客観的に示すには論文の数だけしかないのです。どこの大学も紀要という名のその大学の論文集を持っていますが、これはマッチポンプ論文集なので、ここに掲載されても通常、業績に数えられません。

 というわけで、大学会の論文誌に掲載された数がその教員の業績になるのです。ところが、上に書いたように学会というのは組合ですから、これもマッチポンプ要素を持っています。派閥を作って、互いに査読を通しあうなどということが密やかに行われています。

 業績が誰の目にも見える形になることは、iPS細胞や青色LEDのように十分な需要があり、誰でも行える普遍性があり、研究を行うべき意義がある場合以外、大変難しいので、実際には「論文の数」だけで評価しているのですが、その論文そのものが、誰も行おうとしない無意味な内容のものが大部分なのです。心ある人々は、ゴミ論文と読んでいます。

 小保方氏のSTAP細胞論文が世界的に話題になったのは、十分な意義がある素晴らしいテーマだったからですが、皮肉にもそのために皆が追試をし、論文をレビューした結果、デッチアゲ論文であることがばれてしまいました。あの論文のテーマが大部分のゴミ論文のように何の意義もないものであれば、誰も興味をもたず、追試をしようとも思わず、ゴミがゴミの山に埋もれて、砂を隠すには砂浜に、葉を隠すには森林にというチェスタートンのパラドクスにより、見つからずに済んでしまったはずです。論文とは、大部分がそんなものなのです。

 では、もっと掲載論文を厳選すれば良いではないかと思われるかもしれませんが、そんなに厳選すると、誰もその学会に投稿しなくなります。結果、その学会は解散ということになりかねません。それでは、理事長とか理事とかいう肩書きがなくなったり、職場がなくなったりして困る人が続出するわけです。

 もう一つ、厳選することには問題があります。本当はこれが最大の問題なのです。

「千三つ」という言葉があります。研究は1000件のテーマがあっても、その中でモノになるのは3つ程度だという意味です。競馬か、宝くじみたいなものです。残りの997は駄研究であると、誰が決められるのでしょう。800くらいは外形的、形式的に見ても正真正銘の駄研究で無意味でしょうが、これは上記「学会」のレゾンデートルを問われるので、必要悪として掲載せざるを得ません。残る197(あてずっぽうですよ)は、その中から世紀の大発見・大発明が出てくるかもしれないものです。

 利根川進MIT教授は日本人として最初に生理・医学の分野でノーベル賞を得た人ですが、彼のインタビュー集「精神と物質」を読んでいると、京大→米国の研究所→スイスの研究所などと期間工みたいな非正規採用研究者として世界を放浪した挙句、ノーベル賞につながる結果をやっと出したという話が出てきます。彼の場合、同僚に彼の研究の意義が分かる人がいて、首になる間際に彼が、研究所長を説得して期限を延ばしてもらいやっと結果が出たということです。

 科研費の採用は、そんな人が行うわけではなく、文書だけで採否を決めるわけですから、無駄が出ることは必要悪なのです。

 そんな環境の中で、東工大のような有名大学の教授であれば、学会でも顔が効くでしょうから、やるつもりになれば、いくらでも研究費横領は可能なのです。

 100万円の横領につき、懲役10年とでも厳罰化しないと、こういう犯罪はなくならないでしょう。