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ピケティ-「21世紀の資本」の誤り その2: 形式論と意味論

 形式論とは表面の現象だけを問題にするもの意味論とはその裏に潜む本質を問うものです。

 株のチャートの形を見て、訳の分からない解説をする一派がいます。テクニカル分析と言っていますが、株価がなぜそうなっているかには関心がなく、今チャートがこの形だから今後はこうなると予測する一派です。ある時、東京MX2のWorld Marketzの解説者が「テクニカル分析をする人は、明日の動きがその日になって予測と違っても平然と、今、この形だから明日はこうなるとその都度修正してしまうのです」と言っていましたが、そんな程度のものです。「なぜ」がなくパターンという形式しか見ていないからです。

 それにたいして、今の株価がなぜそうなっているのかを、経済の状態、金融の状態、政府の政策などあらゆるパラメータをみて、「なぜ」を問うのがファンダメンタル分析です。株価がなぜそうなっているかを、その意味から分析し予測する方法です。

 そういえば、白鳳が先日の取り直しの一番で不服を言っていましたが、あれもこの違いではないのかと思います。相撲の勝負は「死に体」などという言葉があることを見ると意味論的な軍配をしているかと思うと、明白に相手を投げているのに、投げるために、頭が脚より下になって垂れたちょん髷が土俵に投げられた相手より先について負けという訳の分からない軍配になったこともあります。つまり、形式論的な判定をしたわけです。そこが柔道と違って釈然としないところです

 白鳳の一番は知りませんが、もし彼が仕掛けて、相手がその技にかかり体が倒れていき、それにつれて白鳳自身も同体で倒れたとしたら、意味論的には相手は技にかかっての「死に体」ですから、白鳳は小学生が見てもわかる勝ちでしょう。そうでなく、二人が同じ形でもつれあって同時に倒れたのなら、取り直しでしょう。

 さて、ピケティ氏の思考は何百年分の税務データを取ってこようと、見る目がなければ見れども見えず状態、なのです。今、なぜ、若者の貧困が日本ばかりでなく世界で問題になっているのか、資産家が一層資産を貯めこんだ結果、若者が貧困に陥っているといわんばかりの論理ですが、そんな馬鹿なことは起きていないわけです。資産家は別の条件で資産を増殖し、若者の一部はまた別の原因で貧困に陥っているわけです。二つの、異なる理由で、たまたま、同じ時期に同時進行している現象を見て、結びつけているという幼稚な論にすぎません。この方法では、今日は雪が降っている。白鳳がハンガーバを食べている。従って、雪が降ると、相撲取りはハンバーガーを食べるなどと訳のわからない結論が得られます。良くある似非学者のやり方ですね。

 1960年代から80年代までは、一億総中流と言われていました。日本が右肩上がりで大発展していた時代です。あらゆる業種で人が必要でした。「頭が悪くてワガママで我慢できなくてノースキルな若者」も働く場所があった時代です。


[雑記]貧困と人手不足と若者に仕事が無い問題を思う - 村上福之の誠にデジタルな話

「格差が拡大している」の意味 - dr-yokohamanerのブログ

 ところが産業のロボット化が進み、肉体労働は自動機械に奪われてしまいました。今、あらゆる所で自動化が進み、京都の老舗の饅頭屋でも機械がアンコを捏ねている時代になりました。丁稚などと言う言葉は死語になってしまい、結果、一部のーーあくまで一部のです、が、かなりの量にはなりますーー「頭が悪くてワガママで我慢できなくてノースキルな若者」の働き場所が無くなってしまったのです。

 更に、この失われた20年で製造業は人件費の安いアジアに出て行ってしまい、多少残っていた肉体労働さえ国内から消滅してしまいました。残っているのは飲食業のアルバイト程度です。ピケティ氏の誤りは、このような状況を見ていないと思われることです。尤も、Dr.はああいう通俗書は読む気がしないので、NHKの報道を元にしてしか話していませんが。

 つまりは、彼の論は、「頭が良くて理解力があって我慢強くてスキルがあって」資産を形成できた資産家から超累進課税を行って財産を取り上げ、定職にもつかずにスマホでひがなゲームしているだけの「頭が悪くてワガママで我慢できなくてノースキルな若者」に遊ぶ金を与えよと言っているわけです。彼は世界を、EUからの借金で遊びほうけて破綻したギリシャのようにしたいのでしょうかねえ。