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エビデンス・ベースト:evidence based :証拠を基にした とは

 故東工大名誉教授 宮城音弥氏の言葉でしたか、次のような言葉があります:

 証明なくして何物をも容認せず

 アプリオリに何物をも否定せず

evidence basedとは「証明なくして何物をも容認せず」という精神のことです。

 この事を示した面白い記事があります:

「35人学級問題」をめぐる
財務省文科省のエビデンス無き議論
【特別対談】慶應義塾大学・中室牧子准教授

中室  日本の教育においては、残念ながら「エビデンス」に基づいて議論することの重要性がほとんど理解されていません。われわれは研究者ですから、データと厳密な分析手法に基づくエビデンスを提供し、政策に貢献したいと思って、日々研究をしています。しかし、そういう理想形にたどり着くまでの道のりは遠いというのが率直な印象です。
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中室 昨年、小学校の少人数学級に関する議論が話題に上りました。「1クラス35人の少人数学級を継続すべきか、(元の)40人学級に戻すべきか」という議論で、財務省は「40人学級に戻してコストを削減すべき」、文部科学者は「35人学級を維持すべき」と、両省の主張が真っ向から対立しました。財務省は35人学級の廃止によって、約86億円のコスト削減につながると主張していました。少人数学級をやめればコスト削減につながるのは事実ですが、その根拠として財務省が提示した 「エビデンス」は、あまりにも不十分なものでした

西内 へえ、どんなエビデンスだったんですか?

中室 35人学級は、2011年に公立小学校の1年生に対してのみ導入されました。財務省は、2011年以前と以後で、いじめ、暴力行為、不登校の平均値を比べると、いじめや暴力、不登校には大きな変化が見られないので、少人数学級には効果がない。したがって、「40人学級に戻すべき」と主張したのです。

中室 そもそも、・・・いじめや暴力行為、不登校に影響を与えるのは少人数学級だけであるという強い前提が置かれており他のさまざまな要因の影響を考慮することができていないのです。・・・財務省の主張に都合のよい数字だけがプレゼンテーションされている感が否めません。ところが、文部科学省はそこを指摘せず、「現場の教員には多忙感があるため、きめ細かい指導のためには少人数学級が必要」と主張し、別の観点から35人学級の必要性を議論しはじめました。

西内  おいおい、別の話が出てきたぞ、と(笑)。

中室 その通りです。そもそも、少人数学級の政策目標は何だったのでしょうか財務省が主張するように、いじめや暴力、不登校だったのでしょうか。
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中室 その通りです。見せかたによって変わってしまうというようなエビデンスでは不十分だと言わざるをえません。

西内 学生がこんなことをエビデンスとしてレポートを提出したら、我々はおそらく「不可」を出しますよね

西内 互いに根拠を持たないから、地に足をつけた論争にならないわけですね

中室 さらに、政策と言えどもトレードオフ(相反する関係{Dr.注 あちら立てればこちら立たずの関係。妥協点})があるということもよく理解しておく必要があります。少人数学級が議論になったとき、多くのメディアは、街ゆく人々に「35人学級と40人学級、どちらがいいと思いますか」という質問を投げかけていました。多くの人が「35人学級のほうが望ましい」と答えていましたが、こうなるのは当たり前のことです。この質問は「朝食に卵焼きが出たほうがいいですか?」という質問と同じです。

西内 そう聞かれたら、「卵焼き??うーん、出たほうが嬉しいかな」と答えるでしょうね(笑)。

中室 もし、何も失わずに朝食に卵焼きが出るのであれば、ほとんど全員が卵焼きが出たほうが良いと答えるでしょう。でも、「卵焼きを選んだ人には、お味噌汁は出ませんよ」という条件が付いたらどうでしょうか。経済におけるお金や資源は希少ですから、必ずトレードオフがあります。35人学級に86億円のお金を投資すれば、他のところにかけるお金がそれだけ減らされるわけです。その機会費用を無視した質問をして、35人学級のほうが望ましいと答えた人が多かったからといって、それが世論だというのはあまりにも乱暴です。

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西内 医療の世界でも同じです。今まではみんな「いいこと」を言いながら、「それを実施するのにいくらかかるの?」ということを考えていなかった。けれど、経済成長が滞ったり高齢化が進んだり、という社会の変化で、最近はそれぞれの治療方法や施策がどの程度「いいこと」で、それに「いくら」かかるのか、ベネフィットとコストそれぞれを数字に落とし込んでいかないと、議論が成立しなくなってきている。それはすごく感じますね。


西内啓(にしうち・ひろむ)
東京大学医学部卒(生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かしたデータ分析ツールの開発とコンサルティングに従事する。 著書に『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

-- http://diamond.jp/articles/-/66992

 マスコミの議論を聞いていますと、このような基礎的な知識の無い人々が勝手な事を言っているにすぎません。特にトレードオフの概念がなく、例えば社会保障の話で、あれもこれもすべきだなどと言う場合、オイオイ、その金はどこから出るのか是非言って欲しいと独り言を言うばかりです。言うまでもなく 税金=我々庶民の懐 から出るわけです。そんなものが無制限にあるわけがありません。

 上と同じ論者の別の議論をもう一つ:


“思い込み”の政策が「ゆとり世代」のような不平等をつくり出す

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● 本を読むと学力が向上するのか?  学力の高い生徒が本を読むのか? 

 西内 いま「因果関係」という言葉が出てきましたが、相関関係だけでなく因果関係まで求められるのも、ランダム化比較実験によるエビデンスの強みですよね。

 中室 そうですね。そもそも、因果関係を明らかにせずに、政策に反映するのは無理があります。例えば、読書量と学力の正の相関分析を示す分析はかなりありますが、「相関関係」は、かならずしも「因果関係」を意味しません。つまり「本を読むと学力が高くなる(読書→学力)」のか「学力が高い子どもが好んで本を読んでいる(学力→読書)」なのかはわからないということなのです。因果関係がはっきりしないと、有効な政策手段にはなりえません。
 
 西内 「本を読めば学力が高くなる」というエビデンスが出たなら、「たくさん本を買おう」という結論になる。けれども、順序が逆だった場合、そんな政策を導入すると教育効果はまったく違うものになる、と。

 中室 はい、もし因果関係が逆で、「学力が高い子が本を読んでいる(学力→読書)」のだとすると、図書代への公的助成政策は子どもの学力を上げるのではなく、むしろ学力格差を助長する政策と化してしまいます。
 ですから、因果関係が特定できていないと、政策として議論の対象には本来なり得ないはずなのですが、これまで日本の教育分野で行われてきた分析のほとんどは「相関分析」にとどまっています

 西内 因果関係どころか、相関関係にさえたどり着いていないものが多いですしね。「60%の人が35人学級に賛成」といった集計データを示すだけで、それを「因果関係だ」と平気で主張する。それは単なる「集計」ですよ。「35人学級はいいと思う」という、感想の世界ですね。

 単なる集計と、相関関係と、因果関係との違いを分かっていない人は多いのではないでしょうか。

 


 中室 教師に日時の記録されるカメラを渡して、1日の最初と最後に写真を撮らせたというランダム化比較試験もあります。いずれも教師の欠勤率は大きく下がり、子どもの学力テストのスコアも上昇しました。開発途上国の教育では、先生の欠勤は最も大きな問題の1つです。インドでは教師の欠勤率は25%以上といわれています

 西内 この話をすると、真面目な日本人からは「ええっ!  25%!? 」と驚かれますが(笑)。つまり、iPadや電子黒板に投資したり高価な建物をつくるよりも、監視カメラの設置のほうが効果的だったということです。施策の効果はさまざまな状況によって違ってくるものなんですね。
-- http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20150219-00067008-diamond-column

 人は自分の居る環境でしか、事象を認識できないということを認識しているということは重要だということです。