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スイスの永世中立の本当の意味

 スイスの永世中立とはどのようなものか?ノンフィクションを小説化したPaul Erdmanの作品が読みやすいと思いますので、そこから引用してみましょう。常識で考える中立とは異なり、攻められないために明らかに非中立・非人道的政策を行うことでした。

 オイルクラッシュ ポール・アードマン著 池央耿訳 新潮文庫 pp.66-68

「スイスは昔から正規の軍属は数千で、あとは民間の軍人でまかなっている。・・・
軍部と企業の共同体の原理はすでに1930年代に確立されていた。・・・
スイスが二十世紀のいかなる戦争にも参加しなかったのは決してこの国のパワー・エリートが戦争の不利益を知っていたためではない。事実はまったく反対であった。1978年、スイスは地球上第二位の繁栄を誇っていた。・・・
 スイスが今世紀の破壊的対立に加担しなかった驚異的な歴史の秘密は、あまりにも有名な中立主義にあるのではなかった。・・・
この国のパワー・エリートが常に効果的な抑止力を保持することに務め、あわせて真っ向から対立する大勢力のいずれとも商売をする姿勢を貫いたために、誰もこの国を攻めようとしなかったことがその秘密であった。たとえば、第二次世界大戦中スイスはナチス・ドイツに対して次のような意味のことを言った。もし、スイスに侵攻するならば、スイスの17歳から50歳までの男子が一人残らずアルプスに立て籠もり、チトー流の果てしない消耗戦を展開するであろう。一方、ナチスがスイスに侵攻する愚を避けるならば、スイスはその高度な工業力の産物を喜んで提供するであろう。・・・
 スイスは協力に対してさらにいくらかの見返りを要求した。すなわち、ドイツに対空砲、発電設備、飛行機の部品、精密機械、工作機械を提供し、また英米連合軍に対抗するムッソリーニを支援する武器兵員を輸送するためにナチスにスイスの鉄道網を使用させる代わりに、スイスは見返りとして、エネルギー資源を要求したのである。・・・
 取引はうまくいった。ドイツはついにスイスには手を出さなかった。・・・」

P.84
「連合軍がノルマンディに上陸してから7か月後の1944年12月、アメリカ政府はスイスに対して、ナチス・ドイツへの武器および工作機械の供給をただちに中止しなければ、スイスへの食糧供給を無条件に打ち切ると通告した。・・・

 暗号名スイスアカウント ポール・アードマン著 山本光伸訳 新潮文庫 p.57

「電気もまたスイスではひどく不足しているからだった。・・・電力の不足には、ほかの理由があった。スイスには、アルプスの麓、あるいはライン河畔に位置した巨大な発電所からの水力発電がありあまるほどあるが、今やその莫大な量がドイツへ送られていた。ドイツでは、ナチの戦闘機や爆撃機の製造に必要なアルミニウムの生産のために、スイスからの電力がぜったい不可欠だったのだ。このような状況は、スイスを力ずくで第三帝国に組み込むより独立させたままにしておくほうがナチの利益になる、という多くの理由の一つがもたらしたものだった。スイスの軍需工場、水力発電施設、化学重機工場といった、ナチの戦争努力を裏から支える黄金の鵞鳥を殺してしまっては元も子もなくなってしまうのだ。」


p.60
職業軍人のほとんどいないスイス軍は国民皆兵の民兵組織で成りたっていて、20歳から50歳までの国民男子は望むと望まざるとにかかわらず、周期的に招集されて兵役に就くことになっている。良心的兵役拒否者にも不寛容で、彼らは刑務所に服役しなければならない」

 このようなスイスの政策は、しかし、ナチの寿命を長らえ、その分、膨大なユダヤ人が虐殺されたことに責任があると、Dr.Yは思います。言うまでもなく英米連合軍、フランスレジスタンスもこの期間に大量に戦死しています。


pp43-44
ヨーロッパ中のユダヤ人をすべて根絶やしにするための、最大限に改良された途方もない計画だった。ハイドリヒの提案のなかには、彼自身の指揮による、主としてポーランドでのガス室の建設があった。アウシュヴィッツという田舎町が候補にあげられた。チクロンBという高性能ガスがファーベン監察監督からの注文に添う物で、ヴァンゼーでの会議の出席者にはそれはすばらしい提案と思えた。・・・
 1942年の六月半ば、SS隊長でハイドリヒの直属の上官であるハインリヒ・ヒムラーは、<バンカー2>と呼ばれるアウシュヴィッツの<実験工場>で449人のユダヤ系オランダ人がガス室送りになるのを見送った。ヒムラーはその光景をいたく楽しみ、その後、<大量殺戮>の実施に加速度がついた。」

p.16

 「1945年、1月初旬にしてはいつになく霧の深い日だった。アルデンヌの森で死んでいた何千という数のアメリカ兵の凍死体は、クリスマス直前に発生したドイツ軍の思いもよらない野蛮な反攻の結果だった・・・」

 スイスがナチドイツの軍需工場の役割をしていなければ、1944年で戦争は終わり、この無駄な戦死は避けられたでしょうに。

スイスに関して:
pp.448-449
「1944年の段階で、ドイツの戦争継続努力になくてはならぬ援助を続けていることが次第に明らかになってきた。・・・
スイスの輸出の40%は依然としてドイツ向けであり、その半分以上が<軍需品>の範疇に入っていた。・・・
ドイツ軍の戦車や戦闘機、Uボートなどの部品として他に代えがたい重要な役割をになっていた。戦争が重大な局面を迎えた1944年、スイス製のハイ・テク兵器は重要度をまし、連合軍のドイツ爆撃で、シュヴァインフルトのボールベアリング工場、ルール河沿いのクルップ武器製造工場、ベルリンのシーメンス電気製品プラントが次々に破壊されるに及んで、まさに生命綱となった。・・・
Uボートディーゼル・エンジンを供給しているシャッフハウゼンのゲオルグ・フィッシャーや、発電機やタービンという重電機器をドイツ仕様で生産しているバーデンのブラウン・ボヴェリ、さらには、今やナチス国防軍戦車砲はおろか、高射砲までをナチスに供給する重要な会社となったチューリヒ郊外のビューレ・コンツェルンなどからの輸入に頼っていた。・・・
工場が国境の向こうの中立国スイスにある以上、連合国の爆撃を免れるのは当然だったからである。」

 


pp.328-329
「スイス政治警察のこのような行為*は、じつは戦争終了後もつづいていた。1989年、祖国スイスに少しでも「忠実でない」と疑われた90万人もの国民の秘密ファイル---フィヒェン---を彼らが保持していることが明るみに出た。”国の安全を守る”ため、1951年に発効した連邦議会の秘密命令によって政治警察は(電話盗聴や郵便物の検閲などの方法で)国民を監視する権限を与えていた。・・・忠誠心に疑問のあるスイス国民を正当な法の手続きなしに収容所に入れるという”予防措置”を取ることができたのである。その措置を取るためには”忠実”な国民の告発があれば十分とされ、実際、奨励もされた。これらすべての事実の露見は、スイスの戦後最大の政治スキャンダルにつながった。・・・
露見したことの結果の一つとして、スイスの秘密警察を廃止する議案が議会に出されたが、否決された。」

*p.323
バーゼル政治警察の警官たちは(米国副領事)ナンシー・ライクマンのアパートメントを徹底的に調べ、手がかりを探した。言うまでもないが、その行為の妥当性については一瞬たりとも検討されなかった。市民や居住者をプライバシーの侵害から守り、裁判所の発行する捜査令状の必要性を認めたいかなる法律も、スイスの政治警察は無視できた。」

 

蛇足
「「烏鵲の智」(うじゃくのち):
意味は、
将来の憂いに備えるあまり、身近な危険を忘れるたとえ。カササギ(烏鵲)は、風の多い年は高い木に巣を作らず、人間に害されやすい低い枝に巣を作ると言う。」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q125957447