人生の設計:博士とは何か?

かつて、「末は博士か大臣か」という言葉があったように、功なり名遂げた結果として扱われていました。昨今は、2種の博士があります。

 

 論文博士 功成り、名遂げた称号

 課程博士 研究者人生を始める資格

 

一つは論文博士。通常は、企業の研究所などで数十年研究し、上げた業績を論文にしてかつての指導教官/教員の指導の下、大学に提出し、審査の上、授与される博士号です。他は、大学院の博士課程5年間を修了し博士論文を書いて与えられる課程博士。

   現在では論文博士の人も博士課程に入学させ課程博士として博士号を
  出しています。業績は大学外部でのものなので実質論文博士です。

どちらも資格としては基本的に同じ扱いです。しかし、課程博士は、功なりというより、研究者の卵としての最低限の資格のように考えられます。つまり普通は偉くないです。欧米型の博士はこれです。欧米では、この博士号を持って就職すると最初から扱いーー初任給、地位などーーが違います。高い専門能力を持ち、独立して仕事ができる能力があると考えられるからです。日本の企業ではあまり聞きません。学部卒の五年後の給与+α程度の扱いか?企業によります。

 

博士号に関しては「足の裏に着いた飯粒」に例えられます。つまり、取らないと気持ちが悪いが、取ったからと言ってどうということはない。あるいは、取っても食えない、と言われます。論文博士の場合、既に、現に地位も業績もあるので、取ったからと言って何も処遇は変わらない、ということです。功成り、名遂げ、同じレベルの同僚が皆とっているのに自分だけ取っていないのは気持ちわるいのです。

 

「取っても食えない」は課程博士の場合だと思いますが、課程博士の場合、それが目的で課程に入るわけで、取らないと気持ちが悪いも何も、そんな状況は本当はありません。取らなければ中退になり、食えないでしょうね。なので「取っても食えない」は誤って伝えられた解釈でしょう。

 

博士課程を修了したのに論文を書かず博士号を取っていない場合は昔は普通にあって、もう一年くらい掛けて取ったものです。ポスドクと呼ばれていました(今はこの形態の博士取得予備軍はこうは呼ばないようです。博士を取った後、正規職に就けない人を指すようです。時代を象徴しています。オーバードクターとも)。この場合、博士課程中退となりますが、聞こえが悪いと思う人は単位取得満期退学などの書き方をします。

 

大企業の中央研究所にいますと、回りが業績をあげて博士号を取っていくのに自分だけ取らないというと、同僚や上司などから陰に陽に圧力があり取らないと気持ち悪いのです。でも、取るには業績を纏めて100ページ以上の論文にするという面倒な手間がかかり、つい一年延ばしにしてしまうのです。で、取ったところで、社内の地位が上がるわけでも、給料が増えるわけでもなく、どうと言う事はない、となるのです。日立製作所には博士号保持者の返仁会(本音は変人会)という会があるらしく。そのメンバーにはなれるらしいのですが、それが何か?というもの。

 

課程博士で言えば、取ったからと言って就職先があるわけでなく、食えないという厳しい状況を表す言葉です。博士課程をストレートで修了しても既に28歳!企業の新人としてはトウが立ってしまっています。米国のようにxxの専門家を中途採用で採用するという流動性を日本の企業はもっておらず、4月に一斉採用して、何の専門家にするかは配属とOJTによる企業内教育で決める方式に博士は馴染まないのです。xの専門家として雇用したがx事業を辞める場合、採用した博士をリストラできれば良いのですが日本の法律では困難。何の役にも立たないxの専門家を遊ばせておかなければなりません。この労働の流動性がないことを企業は嫌うのです。

 

理系の論文博士について言えば、名誉だけではなく、実利があります。生涯を通せば、実際には「どうということはない」ということはありません。良くあることは、企業の役職定年の時期に定年扱いで退職金ーー定年扱いですから、自己都合ではありません。フルの退職金がもらえますーーを貰い、大学教授になることです。理系では博士号は大学教員の最低限の資格です。大学の定年は普通65歳ですから企業にいるより遥かに有利です。場合によっては、大学退職後も特任教授として非正規ではありますが70歳くらいまで働けます。

 

問題は、課程博士です。理系、文系をとはず、就職には不利です。尤も、最近はグローバル企業が現れ、博士を求める企業もありますので、理系博士なら就職はできると思いますが、終身雇用、年功序列の意識の強い日本企業で有利なのは圧倒的に修士です。上記の、足の裏の飯粒は取ったからと言って食えない、の事情です。

 

余談ですが、日本の労働環境はながらく、終身雇用・年功序列・万能技術者志向 で動いてきました。最後の「万能技術者志向」はDr.Yの造語です。iPS細胞的でも良い。つまり、専門性のない専門的技術者とでも言える使い方です。企業は、ある部門から突然、撤退など普通にあります。その場合でも、終身雇用の為、技術者を首にはできません。技術者はiPS細胞のように万能である必要があるんです。その用途に博士は向かないので、企業は嫌ったのです。その状況は、終身雇用が崩れ始めた今、変わりつつあります。必要ならいつでもクビ、と引き換えです。その場合、理系博士は相当有利です。有名大学ならば、一層有利です。

 

文系博士は需要が有りません

典型的には霞が関の官僚を考えれば分かります。あそこは、何年入省で出世が決まります。大学院に行けば、修士で二年遅れる訳です。修士も博士も何の役にも立たないどころか、不利になります。

 

さて、問題は二つの博士号。文系博士と、旧帝大クラス未満の大学の出す博士号。

 

後者は、小保方事件でかなり明るみにでました。早稲田大学博士でしたが、どうも、まともに博士としての訓練をされたとは思いがたい事件でした。当時の早稲田の教員に生命科学の専門性はなく、東京女子医大に出され、そこから米国の大学に出されーー教授たちにとっては自分の直弟子でないがためか指導が行き届かずーー博士課程最後の一年に早稲田に戻り、インチキの処理で博士号を出していました。それが明るみに出て博士号剥奪という不名誉な顛末になりました。

 

dr-yokohamaner.hatenablog.com

 

つい、30年位前までは国立大学でさえ旧帝大でないと博士号はだせませんでした。それが、文科省の大学院重点化政策で米国のように博士を増やそうと、実質、無試験入学できる底辺私立大学でも博士号を出せるようになってしまった結果、博士号はインフレが起きています。英語や、代数のできない博士も少なくないでしょう。無意味な博士です。

 

最も厄介なのは文系の博士です。教員になる以外就職先がありません。文系のポストは、例えば、工学部に比べると圧倒的に少ないのです。工学部の学科数、学生数、その学生を欲しがる企業数を考えれば明らかです。文系の論文博士なら、既に大学などで功なったわけで教授などの定職についているのですから問題はないでしょう。英米文学とか、国文学などの文系の課程博士にすすむということは、企業が求める専門性は身につかず、就職を諦めたに等しいわけです。どうやって食べて行くのでしょう。

 

お笑い芸人に成りたいというのと同じでしょうか、食えないという意味では。それを分かった上で進むのが文系博士。

 

博士課程に進むのなら、理系であっても指導教員が就職の面倒を見てくれるか、どの企業が博士課程学生を採用しているか調べて、きちんと人生計画を立てるべきです。でなければ、一生アルバイトで年俸200万円の不安定な生涯を送ることになります。

 

文系は、趣味みたいなものと思って進むべきです。社会に必要とされていないからです。企業への就職の望みはないので一生遊んで暮らせる財力をもっていることが前提でしょう。

 

 

「文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死

大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、多くの大学に就職を断られて追い詰められた女性が、43歳で自ら命を絶った。

 日本仏教を研究してきた西村玲(りょう)さんは、2016年2月に亡くなった。

   ・・・

文科系学問の研究者はとりわけ厳しい立場に置かれている。首都圏大学非常勤講師組合の幹部は「博士課程まで進んでしまうと、破滅の道。人材がドブに捨てられている」と語る。

 

 

www.asahi.com

 

40代、貧困ポスドクの悲哀 時給バイト以下、突然クビ


自らも教育学で博士号を取得しているx(Dr.Y注 元記事では実名)さん(42)は、その気持ちを「痛いほど分かる」と語る。大学院で学び、研究職に就くことを望みながらも、安定した職と生活が得られない。ロスジェネ世代の博士たちもまた、不安定雇用の壁に苦しんでいる》

   ・・・

たいへんショックを受けました。私自身、大学院で博士号を取った後、5校ほどで非常勤講師を務めながら、40校以上の大学教員の職に応募しました。しかし、30代も後半になるとなかなか難しい。

   ・・・

「貴意に沿えず」という返事を何度も受けていると、精神的に追い詰められます。方向転換するよう親に諭されましたが、諦められませんでした。

   ・・・

現実は、週1コマの授業を月に4回担当して、月収3万円です。』

ーー40代、貧困ポスドクの悲哀 時給バイト以下、突然クビ:朝日新聞デジタル

 

 博士課程にいくのなら

1.課程修了後、どこに就職するつもりか     例:大学の正規教員、企業


2.その就職先は十分に大きな博士需要があるか  例:大学ポストは微小需要しかない。製造業の大企業に文系博士は無用。


3.取得した博士号が有用な産業があるか     例:工学博士、医学博士、薬学博士、農学博士のような実学理系ならある。

 

この程度は考えて、生涯計画を考えるべきです。趣味で生きたいのなら、親の財産が十分あることが前提でしょう。高校生で分かると思います。

 

 

ja.m.wikipedia.org

 

学部定員を大学院定員に振り替えて大学院定員を急激に増加させたことにより、大学院生の質の低下を招いたとも言われる。就職先の増加がないままの研究者である博士課程学生定員の急激な増加は大学院の博士課程(博士後期課程など)の修了者(課程博士)の余剰を加速させ、若手研究者に深刻な就職問題を引き起こした(余剰博士)。」

 

dr-yokohamaner.hatenablog.com