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人工知能は人間を超えられるか その3 :人工知能と人間の脳と神秘主義

 人間の精神活動を神秘化し、あるいは至上のものとし、人は神聖にして犯してはならない的な思想を持つ人は相当数いるんじゃないかと思います。

 立花隆という人は文系なのですが、実に理系の勉強も良くしていて、論理的な思考もできそうで、下記のような本を出しています。その中の一節を読んでいて、いわゆる文系の思考の限界を感じたものです。どうして、このような神秘主義に走って、論理を忘れてしまうのかと

立花:精神現象というのは、はたして新幹線や免疫現象のような意味で、物質的基盤を持つといえるんでしょうかね。あれは一種の幻のようなものじゃないですか。新幹線や免疫現象なら、そこに生起している現象も物質の運動であり、物質の化学反応ですね、だからとことん物質レベルで説明をつけることに意味があるだろうけど、精神現象というのは重さもない、形もない、物質としての実体がないんだから、物質レベルで説明をつける意義があまりないと思いますが。

利根川その幻ってなんですか。そういう訳のわからないものを持ち出されると、僕は理解できなくなっちゃう。いま精神現象には重さも、形もない、物質としての実体がないとおっしゃいましたが、こういう性状を持たないもの、例えば電気とか磁気も現代物理学の対象になっている訳です。・・・
』 --利根川進 立花隆「精神と物質」p.324 文春文庫

 「重さもない、形もない、物質としての実体がない」電波によって情報を伝達するテレビを見ていることを忘れてしまっているのでしょうか?立花氏は物理学の「場」の概念を知らないので、こういう隙だらけの議論をしてしまったのだとは思いますが、実は、本質的にこういう風にしか考えられない脳の持ち主なのかも知れません。驚くべき事に理系にも神秘性が好きな脳の持ち主は珍しくありません。物理学的に不可能であることを学問として知っていても、スーパマンを信じてしまうわけです。Dr.も身近に複数のそういう人を知っています。勿論、信頼関係のある人にしかそのような話は彼らはしません。そのような考えを持っていると人に知られたら信用を失うとも知っているからです。それでも神秘を信じてしまうのです。物質を瞬間移動できる能力の人がいるなどと信じてしまうのですね。そんなものはマジックの手法で簡単に見せられると知っていても、だめなのです。面白い現象です。理性で理解することと、信念を持つことは脳の別の部位での出来事で互いに独立なのでしょう。

 そういえば、「馬鹿の壁」の著者である養老元東大教授も、東大を定年前に辞めた時、医学部の学生(偏差値80か90でしょうね)の中にプールに1時間(数字は少し違うかもしれませんが)沈んだまま息をしないでいられる人間がいると信じているものがいた。勿論、彼らはそんなことは医学的に不可能であると学問の上では知っていながら、それでも信じてしまうのだ。これはだめだと思って辞めた。という意味の事をどこかで言われていました(辞めた真意は別にあるとも聞いていますが、ここでは関係ないので割愛します)。
 このように、人間というものに神秘性を感じてしまう脳の人には人工知能の実現など不可能だと思われることでしょう。あるいは、あってはならないことと信じてしまうと思います。信じることは理性、悟性とは無関係な脳の機能なのでしょう。