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人工知能は人間を超えるか? その2

 人工知能には感情がないとか、意思がないなどという人が時々でることがあります。人工知能とはコンピュータという機械=ハードウェアのことではありません。コンピュータを動かすソフトウェアのことでもありません。人間の大脳の機能と同じ事を行うためのアルゴリズム=処理手順のことです。偶々、コンピュータという機械でそれが実現しやすいのでそれを使っているにすぎません。

 ということで、人間の感情とは何であるか、意思とは何であるかを定義しもせずに、ないとは言えないのです。普通に考えれば、個体にとって良い事があれば喜び、そして喜びの表現をすること、悲しい事があれば、悲しみ、悲しみの表現をすること・・・が感情でしょう。その個体にとって良い事は何であるか、悲しい事は何であるかを列挙し、その状況が起きればそれに沿った行動をするようなアルゴリズムを作り、プログラミングすることは可能です。

 意思もどうようです。意思とは何か?価値観、目的意識、目的遂行行動・・・などでまずは定義できるでしょう。そのようなアルゴリズムを作り、プログラミングすることも可能です。

 それは作られた感情であり、造られた意思であり、本物の感情、意思ではないなどと意味不明の事を言う人も時に現れます。感情は作られたもの以外の何物でもありません。刺激に対して作られた反応でしょう。そういえばアランが面白い事を言っています。人は本当の感情と作られた感情を区別できない。泣くから悲しいのか、悲しいから泣くのか?・・だったと思いますが。

 という訳で、人間に似せた人工知能を作ることは可能です。ただし、五感を持たせないといけません。でないと、豆腐や納豆を日本文化を知らない外国人に言葉で認識させるような事になります。五感を持って外界から情報を取り入れ自己学習していくアルゴリズムを実装する必要がありますが、この学習アルゴリズムは難しいと思います。

 で、そのような人工知能ができた時、2045年としましょうか、何が起きるか?悪人の人間が居るように何でも起きますね。人間より賢いので人間の手には負えなくなるのでしょうか?

・・・続く かも。