続・鳥なき里の村

 こんなハイブローなblogの読者には考えられない事と思いますが、Dr.Yは普通の社会と濃厚に関わったことがあり、「普通」の意味がよくわかっています。そうですねえ、クリームシチューのクイズ番組をみているとわかりますが「普通」の人は小学校低学年の知能;知識と能力しかありません。唯一、できる高等作業は九九だけです。それにしても九九もできない人だけはあまり見た事がありません。日本の教育で感心できる、唯一の業績でしょう。

 「今時の大学生の頭の程度」でも書きましたが、「普通の人」には代数は無理なので、数学一般は理解不能。「鶴、亀合せて10匹います。脚は合せて30本あります。鶴、亀はそれぞれ何匹いるでしょう」を連立方程式をたて、解ける人がどれだけいるでしょうか?日大出身の社会人の家庭教師をかつてやっていた友人が言いました、連立方程式を知らないんだ!!!中学生レベルですが、連立方程式を使わない方法なら小学校高学年の問題です。尤も、「ゆとり」世代は聞いたこともない問題でしょう。文科省も「普通の人」にこんな問題を解かせることは諦めたのでしょう。

 代数がだめなので、化学も物理も必然的に無理。2000字を越える常用漢字は部分しか読み書きできず、当然、英語のアルファベットは大文字小文字合せて52字を全部は書けないでしょう。ひょっとしたら、読めないかも知れません。

 法の精神も、民主主義の意味も、最高裁判決の意味も、そんな人間社会の高度な取り決めなどは理解の埒外で、聞いたこともないでしょう

 99%の人はそんなものです。どこかのコマーシャルで天才や秀才だけがこの世界をつくったのではない、俺たちがいなかったらできないだろ、という意味の事を言わせていました。それは真実です。ただし、天才・秀才は余人に換えがたい存在ですが「俺」はいくらでも置き換え可能です。「俺たち」は必要でも個々の「普通」の「俺」は必要ではありません。

 甲賀市の市役所の住人、町内会の役員どもは、みな、こんなものなのでしょう。