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他人の懐は蜜の味: 舛添都知事の心情

 舛添都知事が都民の血税を外遊で無駄遣いしまくっているだけでなく、私的にまで使っていると報じられています。その心情は実に良く分かります。タイトルに掲げたことでしょう。他人の懐から出る金はそれが小さくても自分の懐を痛めないというその一事で蜜の味なのです。この誘惑を振り切れるかどうかが、その人の高潔さと卑しさのリトマス試験紙になるのです。舛添都知事は、卑しい人物だったということです。

 彼の経歴を見てみますと、昭和23年という戦後すぐの団塊の世代として生まれ、物資の少ない貧しい日本で過ごしました。そして、wikiによると小2の時に家業が傾き、中2の時に父が物故するという貧困の中で多感な思春期を過ごしたということです。これで、金に執着する性格が形成されたのでしょう。TVで報道されているように、自分の歳費を使うことなく、できうる限り、都民の血税で暮らそうとしている心情は手に取るように良くわかります。

 東大に進み、助手、助教授と進んだようですが、1989年、40歳の時に東大を辞職しています。文系で40の助教授なら、まだ教授になれる可能性は、教授との関係が良ければありますが、恐らく、大学を批判しての辞職ですから、大学での将来を見限ったのでしょう。彼の年代の40歳の助教授の年収がいくらかは正確には分かりませんが、800万円前後ではないでしょうか。この時期から日本はデフレにはいって団塊の世代の収入は下落しているので(国立大学の助教授は下落しませんが)、今も金額の価値は似たようなものですから、生活レベルは想像できると思います。

 1989年、まさにバブル崩壊の直前、消える直前の蝋燭の炎が最も燃え盛っていた時です。この頃から、wikiによれば「独立後はバラエティ番組などにも活動の場を広げた。」ということで、あぶく銭がじゃんじゃん入ってきていた時代かと思います。東大の安月給で働いているのが馬鹿らしくなった時でもあるのでしょう。

 「1991年北海道知事選挙では自民党からの立候補が盛んに報じられ、舛添も別荘を所有する白老町」とありますから、東大助教授の身分では本宅を35年ローンで持つのがやっとでしょうが、TV局から来るあぶく銭で別荘を持てる身分になったということです。辺鄙な地域の別荘は普通、安いものですから、あぶく銭があれば簡単に持てます。しかし、資産はまだ増えておらず、フローとしての毎月の生活費が増えて、「俺も別荘を持てた」というレベルでしょう。ここが問題なのです。ストックが十二分に有ってさえ、金に汚い人物は幾らでもいますが、ストックはまだない、フローはそこそこあって毎月の生活では多少の贅沢を覚えたという時期ではできる限り自分の懐を痛めたくないという気分は誰でも分かるかと思います。彼はその思いを振り切れなかったのです。

 フローの一部をストックに換え、そのストックがストック自身を増殖させる(金が金を産む)という状況は誰にも作り出せるものではありません。普通は、ストックを増やすには節約してフローの一部をストックに変換し続ける(貯金ですね)か、自分のフローを使わないようにしてストックにまわし他人の懐を当てにするしかありません。彼は、後者を選んでしまったのです

 Dr.Yがある時、米西海岸のノーベル賞を輩出している大学のまだ若い教授を訪ねた時、彼は仕事の話もそこそこに早くディナーに行きたがってしかたがありませんでした。勿論、Dr.Yの懐から出る金で、です。それは勿論、Dr.Yの所属する企業から出る金であることを承知のうえで、高級レストランで年代物のワインを飲みながらうまいステーキを食べようということでした。まさに、他人の懐は蜜の味です

 貧乏な幼少年期を送り、苦学して、まあまあの成功を晩年に掴んだ、金に苦労した人生を送ってきた、心根の卑しい人物が他人の懐(都民の血税です)を自由にできる環境に身を置いたとき、言行一致できず、してはいけない事としりつつ、蜜の味にまけてしまったのでしょう。